アンさんからの手紙

4枚の切手たち


 10日ほど前のことだがペナンのミセス・アンから郵便が届いた。最近はメールばかりで国際郵便は久しぶりだ、懐かしいマレーシアの切手が貼ってある。
 私は国内にしろ海外にしろ手紙をいただくとうれしくなる、もし手書きならおもて面の字ズラを見て差出人が浮かんでくる瞬間が好きだ。アンさんの手紙もそのまま彼女を彷彿とイメージできる期待を裏切らなかった。彼女をひとことで言うと実に聡明な美人で、やや几帳面すぎるきらいはあるが何より優しく、細かい気配りが卓越しているという人で、私たちのコンドミニアムのオーナーでもあった。
 切手の貼り方一つ見てほしい、デザインの異なるそれぞれがきちんと等間隔で並べてある。几帳面さが良く出ていると思う。----- (少し重複するが)受け取った郵便から差出人が浮かぶことをもう少し詳しく述べると、とくにあて名書きや切手の貼り方に感じるものがある。占いのような気分ではなく、なんとなくその方の性格やその全体像が凝縮されているような気がするのだ。自分自身は極めて雑なのにおかしな話だ -------- 因みに各一枚がRM1(1リンギッ≒33円)となっている。
 以前、彼女が私たちのコンド(といっても所有権は彼女にあるが)に来た時、玄関にスリッパを並べて置いたら彼女、履くときに左右をサッと入れ替えて足を入れたのを覚えている。このときが几帳面な人なんだと知った最初だった。
 切手を見るといちばん左は2004年とあるから、もしかしたらあのころマレーシア人で初めてエベレスト登頂に成功した<英雄>がニュースになっていたので、そのことかと考えたがどうも違うようだ。マレー語でしか書いてないからよくわからない。もしかしたらアンさんは私が滞在していた2004年をわざわざ選んだのかもしれない、彼女はそういう深謀遠慮のある人だ。
 封筒の中には手書きの手紙と、マラヤン・バンクから送りつけられた私の銀行口座の残高証明が何通か入っていた。もちろん銀行に残高などない。ないのではなく限りなくゼロに近い、帰国の時引き揚げた残金のそのまた残りだけということになる。でも銀行が年に何回かオートマティックに送ってよこすので彼女はキチンと日本に送るという図式だ。彼女にはすまないが、私が彼女から手紙を受け取る口実にそのままにしておきたいと思っている。
 ペナンにいる頃は彼女のおかげでずいぶん楽しい思いもした。おしゃべりが大好きで訪ねて来ては何度も何度も長い間お茶飲み話をしたり、おいしいレストランを教えてもらってはよく出かけたことを覚えている。---- ちなみにペナン島にはアンさんのように複数の言語(マレー語・英語・広東語ほか)を話せる人は少しも珍しくない。おそらく半数以上はそうしていると思う------ 彼女には役所に勤めている夫君と二人の息子さんがいる。彼女自身は元銀行員ということで家賃の通帳も諸経費(アストロ(TV)から電気代、上下水道など)も立て替え払いで、見事な手作り帳簿をこなしてくれたので大助かりだった。
 お兄ちゃんはオーストラリアに留学中、マレーシア人でチャイニーズ系は比較的富裕層が多く、家族が海外に散らばっているのもまた珍しくない。お兄ちゃん(名前がどうしても出て来ない)が大学に入学した時は、激励を兼ねて家族全員でオーストラリアに行ってきたという。でも帰り際に息子に泣かれて困ったと話していた。次男(ケンちゃん)は私たちによく懐いていて、アンさんが来る時は必ず同行していた。私の描いたあまりうまくない絵やパソコンの話に夢中になって聞いていた。手紙によるとご家族みなさん元気とのこと、何よりである。
 ペナンには知り合いが多いのでEメールはたくさんいただく、が、手紙を書いてくれるのはアンさんだけだ。彼女の文字は彼女の優しさまで伝わり、英語はあまり話せない女房もとても懐かしがってそれを眺めている。手紙の結びの方に書いてありちょっと気になったのは「東京に地震があったそうね、あなたのお宅は大丈夫?ソー、ソーリー」ナンてことが書いてある。いつのことかいな、と手紙の消印を見ると8月28日?インドネシア地震と間違えるわけはないし…。------それにしてもふつうは1週間で届くんだけれど時間掛かり過ぎだね-----「東京にいる私のすべての友達のために無事を祈っている(Praying)ところです」と記してあった。たしかに彼女は敬虔なクリスチャンで、みんなの無事を祈ってもらうのは良いけれどなんだかよくわからない。若干報道にはミスが多い国(と同時に表現の自由は狭い。各新聞は紙面を官憲に後付けながら校閲されている)なのでなんか別の記事と読み間違えたかな。以前私が住んでいた頃の地元紙に、ヨーロッパツアーに参加していたプロゴルファーの飯合肇のアップの写真に<Nobuhito Sato>というキャプションがあって笑ったことがあった。さして驚くことはない。