閏日や紅梅白梅蒼に溶け 

青空に紅梅白梅

今日は'Leap day'というんだそうだ


 実に温暖な一日だった。そよ風が南から吹き陽は終日惜しみなく降り注いだ。
 日課の散歩も薄手のウインドウブレーカーの下に長そでの下着一枚、これでちょうど良かった。気候は人の心を鮮やかに変える。今日はなんだか希望が満ち満ちた気分に浸って歩けた。特別、具体的に希望のようなものは何にもないんだがそういう心持になるから不思議だ。人は環境に支配され、積み上げた経験に鼻をクンクンさせながら日々を送る生き物なんだ。

 公園の丘は枯れ木が目立つが今日ばかりは風もなく、のんびり寛いでいるかのようだった。その丘の上を見上げると真っ青な空に筋雲が数本、野球場のファールラインのようにくっきりと縦に走っている。おそらく数千キロという長さを持っているんだろう。まるで空中の回廊のようで、じっと眺めているとそのまま吸い込まれそうだった。
 一角に20本前後の梅林がある。つい3日ほど前まで蕾の間から花びらが少しだけ覗いていただけだった。そう、赤ちゃんがベビー服の上に羽織ったフード付きのケープから顔を覘かせたように。ところがどうだ、今日は紅梅白梅とも立派に花を付け、すでに春の香りを振りまいているではないか。あっという間の成長にやや驚いたが、昨年を思い起こしてみると1週間くらい遅かったかもしれない。写真のように下から見上げると薄い藍地の和服に染め抜いた梅花模様のようで実に美しい。
 
 千駄堀池の近くで相撲の岩木山かと思うほどお腹の突き出た外人を見かけた。きちんとした身なりで緑色のシャツに同系色のチノパンを穿きアイボリーに近い色のジャンパーを着ていた。身長は私と同じ175センチくらいかな、鼻の下にPGAチャンピオンツアーのクレイグ・スタドラ−顔負けの茶色の口髭をたっぷりと蓄え、濃いサングラスをかけ米軍放出品だろうか国防色のショルダーバッグ一つ足元に置いて何やら景色を眺めていた。ラフな格好だったがどうも旅行者には見えなかった。ウエスト140センチは楽にありそうなあのシャツとチノパンにちらちら目をやりながら2〜3分間離れたところで眺めていたが、どうも連れもなさそうで手持無沙汰にしていたから声をかけてみた。

 大体こういった格好の人間は気さくなタイプが多い、こういったことは経験則からわかる。案の定、私の想定通り彼は本当にフレンドリーな紳士だった。二人はすぐに打ち解け他愛のない話を始めた。私は言うまでもなくブロークン・イングリッシュ、こんな無茶苦茶な話し方でも通じるから不思議だ。お互いの家族のこと、彼の仕事に関することや日本滞在の経緯とか今後のこと、双方で出かけた国の共通の話題など取り留めのない話が間断なく続いた。彼は仕事の関係で日本に5年ほど埼玉県に住み、あと一年したらいったん帰国してからおそらく別な国に行くだろうと言っていた。彼は日本語をほとんど使わなかったが、私はしばらく英会話をしていなかったので欲求を満たそうと夢中で話した。なんだか海外の人と話すことが好きで、感性や考え方とお国の情報などで新鮮なものを感じて基本的に話しがしたいんだろうな。-----そしてあっという間に30分が過ぎた。
 最初に声をかけたのは私だったからあまり長く引き留めるのはどうかと思ったので「貴重なお時間をいただいてすみませんでした」と私が先に言った。彼は「こちらこそ楽しかった、想定外の休日で時間がたっぷりあります。ナイスミーティングでした」と言い握手をしてからバッグを背負って公園の出口に向かって歩いて行った。表現は難しいがそこにはとても穏やかで爽やかな空気が残った。
 詳しく書くと長くなりそうなので、日記には三点だけ書き留めておく。
 その1・今日が閏(うるう)日だったのでその話題を出したら、今日のことをカナダでは---というか英語では----"Leap day"と言うのだそうだ。Leapは飛び超えるという意味があるので、来年は曜日が二つ飛びになることを意味してるんだろう。一つ学習した。
 その2・初めて見かけたときから私は彼を同年か少し若いくらいと踏んでいた。後で年齢を聞いたら45歳でもうすぐリタイアすると言ったのでちょっと驚いた。驚いたのは年齢のほうだけで、リタイアは海外では珍しくない。海外の方はセカンドライフに入る年齢が割合低い。
 その3・彼の職業を聞いた時は一瞬驚いたな。大学で英語の教師をしているという。私のブロークンな英語を聞いてさぞかし「日本人の英会話レベル」を低いものと思ったろうな。それを先に聞いとくんだった、そうすれば恥をかかずに済んだかもしれない。でも、お互いに大笑いしながらとても楽しい時間を過ごせたので、まっ、いいか。<お付き合いいただいてありがとう>と今日の日記には記録しておこう。