難関! ブキジャン16番パー5

ペナン島の暑さが懐かしい

懐かしいペナンのゴルフ

  空に雲はなく妙に真っ青だった。ペナンは南国とはいえいつも雲があってこれほどの青空は珍しい。


 私はブキッ・ジャンブル・カントリークラブ(Bukit Jamble Country Club)の16番ティーボックスにいた。ペナンのゴルフコースでは風らしい風はあまり吹かない。その分暑さを感じることになる。昼の気温は32〜3度になり芝生の上では40度近くまで上がることは決して珍しくない。しかしこの日はヤケに強めの風が吹き、バックから600ヤードを越えるこのパー5の難度を高めていた。


 ペナン島内にはゴルフコースが3箇所ある。ここ通称ブキジャンと競馬場が併設されているペナン・ターフ・クラブ(Penang Turf Club Golf Section)、あとは空港近くに格式と値段が高い割りにコースとしては三流のゴルフクラブがある。おっと、アブドゥラ首相も立ち寄っているらしいからあまり悪くは言わないでおこうか。
 ブキジャンは彼の有名なロバート・トレント・ジョーンズ・ジュニアによって設計された。彼と父、ロバート・トレント・ジョーンズは日本でも多くのコースを手がけている。私が経験した中ですぐに浮かぶのは軽井沢72だ。あそこもコースを知り風を読まねば罠に嵌まる。また、同様にオークヒルズもよく知られている。今では知る人も少なくなったが彼ら本来のコンセプトである「水」と「地形」を実に巧みに配置し、コース設計上のパターンとかセオリーに捕らわれないという手法は後の日本のコース設計に多大な影響を与えた。


 ここブキッジャンもご他聞に漏れず距離的には日本のコース並みだが、丘陵の地形と周囲の景観を生かしたデザインは優れていて極めて戦略的なホールが多く、日本人の観光客は頻繁に立ち寄るがロングステイヤーは苦手とする向きもある。ペナンにしてはアップダウンがきついことも一因。
 さらにはプレーヤーが少しでもビビると容赦なく襲いかかる難度にあるのだろうか。つまり、ティーショットからアプローチまで狙ったポイントへきちんと置いていかなければ次のショットの条件は過酷なものとなるのは必定だ。勿論ゴルフコースはすべからくそうできている、しかしここは他よりタイトなことは間違いない。だから逃げは効かない。当然、ティー・ショットもドライバーだけではなくスプーン、クリークなど使い分けることになる。

        
 今日は15番まで順調に消化した。ブキッジャンの自己ベストが出せるかもしれないと内心ハイになっている。この緊張感がたまらなく良い。心の中で最後まで切れるなよと自分に語りかける。


 16番は靴下のような形の左ドッグレッグホールだ。いやドッグレッグというより人間の足に近い。最後だけ左にほぼ90度折れていく。
 ティーボックスから480ヤード付近までほとんど真っ直ぐフェアウエイが伸びている。フェアウエイ左側はそのドッグレッグ地点まで池。池周辺は大きな樹木がありハザード付近は左傾斜の法面が続く。うっかり引っ掛けてポーンと撥ねたら池ポチャは避けられない。
 ティーから見てフェアウエイ左の180ヤード付近にバンカーがある。やや打ち下ろしなのでこれは越えられるだろう。
 右が安全だがすこし曲がるとこちらにもふたつのフェアウエイ・バンカーが待ち構えている。それに安全運転で右に打ち過ぎると3打目のポジションが取りにくくなる。つまり、左ドッグなのでできればフェアウエイ右サイドに置きたいと誰でも思う。しかし右側の1番ホールとの境界にも木があり、そこを越えるとOBとなるからだ。
 さらに右がOBなのでとりあえず2打目でフェアウエイ左に持っていくというマネージメントもここでは成立しない。ドッグレッグのコーナーに高さ20mはある巨木がずらっと立ち並んで行く手を阻んでいる。少しでも林に近づくともう3オンはできない。タイガーやミケルソンなら何とかしそうだが、私のようなアベレージゴルファーには残り200ヤード以上をロングアイアンで30mも上げるのは不可能な技術だ。トレント・ジョーンズJrさんよ、木がこれほど育つ南国ってぇことをよもやお忘れでは…と言いたくなる。
 自分の場合、ドライバーがカッ飛んでくれてもセカンド・ショットを230〜240ヤード真っ直ぐ運ばないとグリーンが狙える所まで到達しない。ティーに立ったときからそのことを考えると憂鬱になりそれこそが最大のプレッシャーを生む。コースレイアウトを例えて言うと全日空オープンが開催されていた札幌の輪厚の17番(だったかな)に似ていなくもない。

        
 何が言いたいかというとブキジャン16番はパーを取ることが非常に難しいということである。過去にもずいぶん痛い目にあっている。ここまではなんとか自分なりのゴルフができても、ここで大叩きして17、18番とガタガタになり、ホールアウト後のビールがほろ苦いものになった経験が一山いくらというくらいある。いわばこのホールは私にとって鬼門であり安宅の関なのだ。


 私は枯れ草を数本摘んで放ってみた。左からのフォローだ。距離は稼げるかもしれない。今日はどうしてもパーを取りたいと思った。リベンジだ。そのためにはふたつで480ヤードほど運ばないとダメだ。ドライバーでミスをすると8や9が待っている。そう思っただけですでに背中の筋肉が硬化していることに気づいた。
 持ち球は軽いドロー、自分の飛距離ではふたつ目のバンカーにはまず届かない。そのバンカー方向から曲がれば最高だと念を入れた。
 愛用のR7を持つ手に力が入る。グリップを握ると二の腕の筋肉が盛り上がった。ティーを刺すとき風がやや強くなっているのを頬に感じた。少し高めにティーを立てた。ボールの高さが欲しかった。
 私はスイングに入った。トップで良い場所に収まっているのを実感した。普段あまりないことだった。芯で弾かれたボールは少し引っ掛かり気味だったが高く上がった。左のバンカーの上を飛んでいったがドローしないでフェアウエイに落ちて大きく弾んだ。上空の風は想像以上に強かったらしい。あそこならいけると思った。
 ボールは理想的な位置に止まっていた。ライもバッチリだ。迷わずスプーンを持つ。まっすぐ突き抜けると池があるが、まさかそこまでは行くまい。1打目で少し距離を稼いだせいか焦る気持ちはなく落ち着いていた。アドレスの決断も早かった。ゆっくりテイクバックして思い切り叩けた。少しトップで入ったので低い打ち出しになった。結果的にそれが幸いしてランを稼ぎ、ボールはドッグレッグのコーナーを通り過ぎ残り130ヤード地点まで転がってくれた。やや結果オーライ気味だった。


 3打目地点に着いた。見るとグリーンまでは7〜8ヤードくらい登っている。最高のポジションだったがそこだけ少し左足下がりのライだった。風が軽くアゲている。このくらいの距離では向かい風のほうが易しいショットになる。今日は何もかもツイているのかな。
 私は8番を手にした。9番と相当迷った挙句である。ティーショットのときのサッと吹きすぎた強い風が頭にあった。ライから言ってダフり気味に入るかもという思いがかすめた。最終的に私は風を信じ、軽く打ってその風にぶつけようとした。後で考えれば少し弱気だったかもしれない。
 このホール、ブキッジャンにしては大きいグリーンということは十分知っていた。アドレスに入ってからまた迷いが出る。フラッグの色が赤いのだ。
 基本的にペナンのコースでは旗の色が青なら奥、黄色か白は中央付近、赤は手前とカップの位置を遠目に分かるように示している。それからグリーンが相当受けていることを思い出した。
 <え〜い、ままよ、初志貫徹じゃ>。頭で大きめのクラブと思っていると軽く打つ。軽く打ったときに限ってナイスショットになる。打った瞬間方向は良かったが「大きい!」と感じた。乗ったように思えたがここからではボールの位置は確認できない。私は走った。

 ボールは旗の真上を越え広いグリーンの奥まで行ってなんとか止まっていた。ゾッとした。25mはあるかと思える強烈な下りのパットが待っていた。パチンと打ってしまえばグリーンから出てしまうだろう。思わず顔をしかめる。
 ほかの3人がアプローチをしていたことは全然憶えていない。まったく見ていなかったからである。
 マークをした後、私の右脳は次のパッテイングに支配されていた。そして決断した、ここまでの3打とも自分にしては上出来だった。ブキジャンの16番を3オンしただけでも立派、そしてあまり巡ってこないチャンスが目の前にある。せっかくここまで来たんだから何とか寄せてパーを取るんだ、強い決意を自分自身に言い聞かせた。

 長年連れ添ってきたODYSSEYのホワイトホットに弾かれたボールは斜面を転がり始めた。思ったより早い!最初右に切れて最後に左へ落ちるという読みだった。ラインは合っていたが加速している。胸の鼓動を感じた。


 ボールは刈り込んだ緑の芝の上を走っている。良い感じにも見えた。しかしちょっと強いか。
 次の瞬間だった。何ということだ、世の中に奇跡はある。ボールはカップの土手に当たり一瞬飛び上がるようにして消えた。その瞬間、何も聞こえなかった。しばらくして耳に周囲の歓声が聞こえた。拍手が鳴っていた。まるで映画かドラマのようだった。私は右手の拳をこれ以上強く握れないほどしっかり握った。そして天に突き上げた。

 その時だった。強烈に握りすぎたのか拳が痛い。手のひら全体が痺(しび)れているように感じた。「痛いな、変だな?」と呟いた時と目が覚めた時はほぼ同時だった。
 私はベッドの上でうつ伏せに寝ていた。右手が胸の下敷きになって感覚を失っていた。「夢・だったの・か?」私はそれでもまだ興奮の淵にいてしばらく現実と夢の間を往復していた。窓の外は少し明るくなり始めていた。



 
 今回は長らく私の夢にお付き合いいただき、ありがとうございました。
 筆者拝。 (-_-)zzz
 寒すぎる日本にいるとペナンが懐かしくなる。それにしてもペナンがあと7度涼しかったら天国なんだけどな。