雪化粧

バラのつぼみではないよ

「バラのつぼみ」


 今朝起きると、カーテンの外がやけに明るい。ベッドを出てカーテンを開け窓の外を眺めると一面の雪化粧。薄く弱々しく、日が射せばすぐに消えてしまいそうな銀世界だったが、久々に見た光景は一瞬の感動を与えてくれた。
 庭に出てみると普段気づかなかったバラに実のようなものが付いている。どうもこれは「バラのつぼみ」ではなさそうだが、絵の具のバーミリオン系のその実は雪の白と葉が緑なのでよく目立つ。家にはバラが二本しかないので生っている実も少なく全部で5個だけ、それぞれが離れ離れで雪を小さい帽子のように被っているが、中にはその直系2センチほどの小さな体を一枚の葉に守られ、軒先で雨宿りをする少女のように可憐なものもあった。


 「バラのつぼみ」と言えばすぐに映画「市民ケーン」を思い出す。映画好きの自分の中では、過去に見たすべての作品の中でもベストスリーに入る傑作だと思っている。若干25歳の天才オーソン・ウェルズが製作・監督・脚本・主演した映画史上に輝く名作である。
 卓抜な演技力、奥の深いストーリー、構成の巧みさ、青年から亡くなるまでの<全米の新聞王ケーン>が見事に描かれ、回想と現在が複雑にオーバーラップする手法でケーンの人生を完璧に描き切っていた。


 ケーンが亡くなるシーン、椅子にかけた彼は手にガラス球を持っていた。中には水と白い粉が入っていた。やがてその白い球は床に落ちて粉々に砕ける。ケーンは「バラのつぼみ」と呟いて息を引き取る、そんな謎の言葉を残して。
 スクリーンは彼の死後、邸宅を整理する作業員が暖炉に放り込んだソリに刻まれた「バラのつぼみ」という文字を映し出す。謎が解けた一瞬だった。ケーンはそのガラス球の中で揺れていた白い粉を見ているうち、少年時代に深々と降り積もる雪景色の中で、ソリに乗り喜々として遊んでいる自分を見ていたのだった。


 繁栄と栄光に包まれたケーンの一生も、映像にはなかったが死の淵で見た無邪気な少年時代の日々に重ねて、いかに孤独なものであったかを見事に表現していて大きな感動を覚えたことを忘れない。