コスモスの風に吹かれて〜コスモス海へ

一面のコスモス


 ゴルフを楽しんできた。絶好の天気だった。一年を通じてこれほどゴルフに向いた好天はザラにはないかもしれない。空は高く雲はほほ笑むようなやさしい表情で、白くモクモクと食事中かと思えるほど口に何か含んで浮かんでいた。
 正直、あの微妙に変わる生き生きした雲の形を見ていると、世の中何がどうなったところで、それがドーシタという気になれる。国同士の争い、政治だ経済だ、何が勝ってどこが負けた?「そんなの関係ねぇ!!」ってね。
 あの説得力は何なんだろう。偉大な音楽でも絵画でも、詩や俳句でもあるいは真面目な原稿を書いたところであまり対象にさえならない気がしてくる。決してそんなことはないんだが…。<Philosophy>だって人間が作り上げた暇つぶし的カテゴリーに過ぎない。人間なんて自然の前には無力なんだ。人ができることなんて小さなことなんだってね。
 しかし、よくよく考えてみると、自然はそれを教えたいパラドックスを秘めているんだ。だからそれだけに懸命に生きようとする、、健気に生きていくことに価値がある、、人は生きる、しかも強く精錬に生きることに真価を求めるんだ、それもまた真理であり美学である。今日の秋空がどれだけ爽快だったかというと、そんな教訓めいたことを感じるくらい…と書いておこう。急に俗っぽくなるが、そんなことを感じるのも陽気のせいか、はたまた体調が少しずつ戻っているせいかな。


 帰りにいままで経験したことがないくらい美しいコスモス畑に遭遇した。100メートル四方どころかそれ以上広がった土地一面に、コスモス、コスモス、コスモス・・・・、まるでコスモスの海のよう、、これもまた自然の懐の深さを教えてくれる。自由に摘んでよろしいということでたくさんの花をいただいた、ので、今夜は我が家の食卓に自然が息づいている。最近「秋桜」という文字が比較的目につかなくなったがどうしてだろう。