運転免許証を透かして見ると日本が見える

ペナン島の海岸通り


 各在外公館を通じて平成18年10月1日に行った調査によると、海外在留邦人数は全世界に1,063,695人となり年々増加の一途をたどっているという。
 日本から海外に出ると日本国民でありながら基本的な権益が損われることが多々ある。距離的、物理的に離れるため仕方ない部分はある。それが行政的なサービスだけなら病むを得ないということだって理解できる。しかし、基本的な権利や帰国後の生活に直結した損害を被ることだって少なくないのである。先進国として国益を追求するなら海外在住者のホスピタリティにもっと気を使うべきだと考えている。
 先日、ある生命保険会社の<海外赴任>に関するアンケートの記事を読んだ。記事そのものは残してないので詳細は明確ではない。記憶しているのは、日本の会社員が海外に駐在することを希望していないという結果だった。確か3分の2位はできれば避けたいと希望し、4%はもし上司からそう打診されれば退社も止む無しと答えた。
 好むと好まざるにかかわらず、世界に進出している企業戦士たちは赴任先で頑張るしかない。文句を言っている暇はないのだ、それが子供の学校のこと、選挙権のこと、社会保険庁のようなずさんな役所があっても来週出向いて確認しようなんてできるわけがない。行った先が国として安定していなかったり、宗教が仕事に優先して思うように行かなくても現地の人間を使っていかなければならないなど、海外に出ればストレスは想像以上だしノイローゼになったっておかしくない、実際そういう人もいた。とにかく不便を強いられているが税金だけはしっかり取られる。全く割に合わないことが多い。会社のため、ひいては国のために働いているのに海外に出ると日本人は国内日本人と海外日本人に分けられ明らかに差別を受けている現実は否めない。
 個別にあげていると話が終わらない。今日は運転免許証だけにスポットを当ててみる、何かが見えてくるだろう。
 女房の運転免許証が今月で更新になる。マレーシアに移住する前は10年以上ゴールド免許だった。ほぼ100%ペーパードライバーだったからだ。それでも身分を証明できるし、運転再開の機会が今後ないともいえないという理由で、せっせと更新手続きを繰り返していた。とまれ、帰国する7か月前に期限が切れて失効免許証となった。これにはあわてることもなかった、彼女が運転するわけでもないからではなく、帰国した時にパスポートで証明すれば3年以内は更新できることを知っていたからである。
 そして帰国した月に運転免許センターに出向いた。運転経歴は免許取得時から公安委員会が把握していることは聞いていた。しかし、6か月を過ぎると更新のみ可能でその更新日が(初期)交付日になりゴールド免許ではなくなるという。合点は行かなかったがバカな法律を作ったヤツを非難することさえできない、素直に従うしかなかった。
 そして今月、二度目の更新はゴールドに復帰するのか知りたくて運転免許センターに電話した。登録の責任者でTさんという方が出た。当初はその通り、ゴールド適用ですと言っていたが、なにか自信がなかったのか「ちょっと待ってください」という。電話越しに部下らしき女性と話をしているのが筒抜けに聞こえてくる。相手の女性はなにかそれはダメだと言っているようだった。
 Tさんは私に向って「やはりダメですね。パスポートで証明されても一度失効になっているから初回講習で二時間、交付日も帰国の時の更新日です」と言った。釈然としないし理不尽な法律だなと思ったがそれを議論しても拉致は開かない、すぐに引き下がったが、自分を責任者と名乗った人間がその程度の知識を持ってなくて部下に教わるなんてという部分が引っ掛かったが、坊主憎けりゃの世界かとそれは諦めた。
 「もう一つ訊きたいのですが…」というと、「なんでしょう」と面倒くさそうな言い方が返ってきた。家内ではなく私自身は更新時期の違いで帰国後の更新は3カ月遅れの失効でした、これはどうなりますか?と質問した。Tさんは「それは事故や違反が5年以上なければゴールド免許になります」とのこと。免許取得者の情報や経歴は公安委員会が持っている、調べればたちどころに過去の経歴が繋がりすべて分かるというのに、失効の巡りあわせで3カ月遅れはゴールドになり7ヶ月はだめだということだ。この差は何ですかと聞くと驚いた答えが返ってきた。「それは海外在留者の6か月以内失効を優遇してやっているからです」というのである。<優遇>と聞いてこんな不平等があるかと思った、すこしも優遇になんかなってないじゃない。なぜ3年以内を6か月で切るのか?偽造を恐れているならお角違いもはなはだしい。それにもまして役人が一般人に施しを与えているかのような言い方にムカつくものがあった。優遇はないでしょうと言ったら「ちょっと言い間違えて失礼しました」と訂正した。これも法律がどうのこうのと議論しても電話代がかさむだけなのでそれ以上は言わなかった。
 海外にはいろんな方が在留している、免許の更新だけの用で帰国したくてもできない人がたくさんいる。そんな人たちもいつか帰国して日本で車を持ち保険に入るとする。自分の意に反して「優遇」を受けられなかった方がブルー免許になり、新米ドライバーと格付けされ高い保険料を払わされるのだ。6か月を境にして失効を差別化するなど不平等極まりない。一体何のための<ゴールド免許制>なんだろう。
 実際、こう言った理不尽な制度は山ほどある。社会保険庁に例を見るだけでもわかるはずである。原因はおとなしく何でも役所に従い受ける側にも若干あるのかもしれない。
 江坂彰さんがその著書『徒然草的生き方』の中でこう言っている。<日本の役人はほとんど自分が頭の良い優秀な人間だと思っている>だから、それぞれの役所を訪ねてくる庶民を見下ろし目線で鬱陶しいと思う人もいるはずだ。「またわけのわからんことをしている、書類もまともに書けないのか、苦情だけは一人前だ、来庁する有象無象には手を焼く」などと考えている人もいるだろう。お腹の中には…海外にいて免許が失効になればその時点でアウトなのに、救ってやってるのがわからんかな…、に似た考えがあり、つい「優遇してやってる」なんていう言葉が口に出てしまうのだ。そもそも、役所に定年まで勤めるより、課長クラスで早期に天下りして何度もおいしい汁を吸った方が利口なシステムになっていること自体がおかしい。勤めるならまだしも、5年間で出勤したのが10日でも給料をしっかりもらっている輩がいるという。おかしいんじゃないか、民間人とはそもそも人生のスタンスが違うんだ。
 街のパン屋さんは焼きたてのおいしい香ばしいパンを食べてほしくて「いらっしゃいませ」という、新鮮な野菜を扱うスーパーでは一人でも多く売りたくなる、銀行や証券会社も客が来てくれてナンボの世界である。役人だけはここが逆になっているのだ。
 私は日本という国を心の底であまり信用していない。昨今の地震対応や隣国からのミサイル攻撃、国民的弱点はスピン・コントロール、おまけに腐敗している政治家の金権体質とどれも不安材料ばかりだ。この国にはいつ誰がどのように守るかなんてキチッとしたカウンター・プロポーザルが形ばかりで実態は全くない。緊急時に真っ先に逃げ出すのはいち早く情報を知る立場にある人で、いざそうなった時はもうとても収拾のつかない無秩序の国になる可能性さえある。民度もそれにシンクロしているようで、他人の目を気にする余り自分から権益や自由を獲得しようとはしない。年金問題は5000万件という未曽有の数字を呈したが、暴動どころか国を糾弾するまともなデモ一つ起きない。職員が領収書を廃棄したり、徴収額を改ざんする手口で自分のポケットに入れるとか、企業年金連合会は未払いに口をつぐむなど悪質のひとこと。結局過去の社会保険庁関係者はもらうだけの金を懐にして沈黙してしまった。デモしたから良いというわけではないが、その気概まで奪われてしまっては将来好転する余地はない。市民の気概を実に巧みに奪っているのは役人たちであって、その意味では彼らは紛れもなく『優秀』である。