全英女子オープン雑感

聖地セントアンドリュース・オールドコ


 男子ロッカーにたくさんの女子がドッと舞い込んだような今週のセントアンドリュース・オールドコースは、華やかさという点で今まで30年近く男子のジ・オープンを欠かさず見続けてきた自分にとっては馴染まない光景である。色に例えると過去は茶色の芝に黒っぽい人間が蠢(うごめ)いていた。今年はそこに赤やピンクの花が咲いたように殺風景なリンクスを変えてしまったせいだ。女子の全英メジャーは31回目にしてゴルフ発祥の地にその名を刻むことになった。これまで女人禁制だった場所も自由に出入りできるようになった。

 しかし、1日目、2日目と進むうちになんとなく良い感じになってきた。リンクス特有の難コースに吹き荒れる風と悪戦苦闘しながら、神が作った地べたと戦う彼女たちが魅力的に見えてきた。そもそも、才能という類(たぐい)まれなものを持っている彼女たちだ、惹きつけるものは最初からある。思わず手を叩きたくなるプレーが随所にあり、持てる技術をすべて尽くそうとしている彼女たちは美しい。
 世界ランクナンバーワンのロレーナ・オチョアが初めてのメジャーカップに手を伸ばした。トレビノもびっくりだろう。あんな完ぺきなゴルフが4日間続けられるんだろうか?今夜しっかり見届けたい。日本人選手も予想外に頑張ってる、ものすごく良い経験をしていることだろう。ある意味日本人は女子が引っ張ってるのかも、いつか彼女たちが聖地を制覇する時が来るだろう。
 1日目、寒風吹きすさぶ寒さに耐えセーターを着込み、一打打つごとにグローブに手を突っ込んでいる選手の中に、ひとり半袖で悠然とプレーする選手を見つけた。イングランドレベッカ・ハドソンという私の知らない選手だった。気合いが入っているんだろうかスコアも上位に入っているし、かなりオシャレな選手に見えた。レベッカとは名前も良いし記憶に残りそうである。 

 あのコースを見ていて「やってみたいか?」と尋ねられた日本のアマチュアの8割は「いや、結構」と答えるかもしれない。自分も以前はそう思っていた。セパレートする林もない、庭園のようにきれいな池もない、あるのは吹き抜ける強風だけ、少し曲がればヒースに消えロスト・ボール、グリーンの境目すらはっきりしない、意味のわからない場所にあるポットバンカー、ティーショットも行方が分からず……、こう来ればゴルフ好きな誰だって首を振るに違いない。
 しかし、この女子のプレーを見ていてやってみたいと思うようになった。もちろんスコアはメチャメチャのハーフ100くらいだろうか、彼女たちの方が自分より飛ぶし、アイアンもグリーン周りも比較にならない、コースを熟知したキャディもついている。スコア的な比較ではなくゴロゴロ転がすゴルフというやつをやってみたいのである。

 ふっと思ったのは最近のゴルフは何でもかんでもボールを上げるだけに徹し過ぎているという点だった。日本でもアメリカでも例外を除けば上げることとスピンをかけることだけでショットは成立する。しかしリンクスはそうはいかない、あの風とバンカーと固いグリーンでは上げるに上げられないため転がす技術、使用クラブの選択とそのルート、全くグリーンが狙えない状況下で場合によったらパーを諦めどう攻めたらボギーであがれるかという知を尽くす面白さがある。若さで距離を稼ぐだけでは話にならない、コースを知ることと積み上げた経験がものをいうかもしれない。
 実際、今回世界的絶好調の韓国系プロは30人で大挙押し寄せ、開幕日まではオールドコースを乗っ取る勢いだった。しかし、現時点(3日目)まで上位は少ない、おそらくそういった経験や知を使うという点でコースに跳ね返されたんだろうと思う。韓国や日本のゴルフはやはり上げて止めるだけに通用する。

 本来、ゴルフはこんなリンクスで始まった。一体いつできたのかもわからないという。日本では新撰組芹沢鴨を叩き切っていた頃もう英国では一部の市民がゴルフを楽しんでいた。考えてみれば徳川さんの鎖国という制度は功少なくして罪多かりきだった。西洋と隔絶させたおかげで良いこともあったかもしれないが音楽・絵画・スポーツでは確実に300年の遅れをとった。
 セントアンドリュース・オールドコースからアウトインの区別も生まれたし、そもそも18ホールになった(本来は22ホールあった)のもここが発祥という。しかも未だにパブリックコースで市民みんなが使えるらしい、アメリカのオーガスタ・ナショナルと大きく違う。ゴルフというか、スポーツというか、生き方のソーシャル・シェアリングというか基本的な文化度が日本と違うのは仕方のないことか。
 かくしてゴルフはスコットランドに生まれアメリカに渡った。徐々にアメリカンナイズされすこし商業的になった。日本に来たのはたった100年ほど前の話、すっかり成金の商業主義にロンダリングされてからだった。

 今年はRICOHが資金面をオファーしている。そのこと自体に文句はない、しかし、R&Aの建物を背中にしたスタートホールやそちこちに立つ<RICOH>の看板、あれだけは何とかならないか!日本の国旗をイメージしたのは分かる、しかし全く周囲と隔絶し白と赤だけの不細工なボードやティー・マークはあまりにも周囲とそぐわない。日本のRICOHはオールドコースが数百年かけて築き上げたあの歴史と伝統と品格ある文化をぶっ壊していることを理解してるんだろうか。MLBのフェンス看板とは意味が違う、金を出してるんだからひたすら目立つように…、むき出しの商業主義はまたまた日本をイエローモンキーのイメージに戻してしまう。

 <写真はゴルフ発祥の地、スコットランドセントアンドリュース・オールドコース。左手奥がゴルフの総本山R&Aの建物(テレビ画面から)>