ユビキタス社会

Zurezuregusa2007-07-14


 昨日、花の名がわからないまま写真を掲載した。するとどうだろう、詳しい方からメールで教えていただいた。
 「写真の花は<タイサンボク>だと思います。泰山木、または大山木でモクレン科の常緑高木、学名はMagnolia grandifloraといいます」とのこと。こうしてひまつぶしのブログなのに、ちゃんとネットを通じて教えていただくなんてありがたいことだね。いながらにして一つ勉強になってしまった。
 一昔前ならこんな簡単なブログもなかったので、こうしてウエッブ上の交流もあり得なかったこと。面白い世の中になたもんだ。なんて言ってるうちにもう「ユビキタス社会」がそこまで来ている。

 「ユビキタス」っていう言葉もすでに耳慣れないと言えなくなってきた。ラテン語で「ubiquitous」、意味は「いたるところにある」ということもなんとなく浸透してきた。簡単に言うと<いつでもどこでもコンピューティング>ということになるんだろう。
 言葉を耳にするのは最近でも、世に出たのはもう20年も経つそうだ。なんでも米国ゼロックスに関係ある会社の人が言い始めたと記憶している。PCそのものがまだまだ黎明期で発展途上の時代に良く言ったもんだと感心する。

 すでに現代人は超軽量化した携帯を持ち歩きユビキタス社会の入り口に立った。アメリカではアップルがアイ・フォンを売り出し、買いたい人が行列を作って買い求めているようだ。 
 自宅に帰る前、空調機、電灯、炊飯器、テレビの録画などすべてがポケットのパソコンでオン/オフでき管理してくれる。留守中に空き巣が入ればアラームが鳴り映像が送られ警察へ自動通報、来客も誰なのか送られてくる情報ですべてわかってしまう。どこにいてもコンピュータがコンビニエントな生活を演出する、つまりこれがユビキタスだ。
 私が小学生のころ、マンガに東京の真ん中のビル群を縫うように時速100キロ近くで車が走りまわる<高速道路>ができ、300キロの速度で新幹線が疾走する、やがて月に人間が降り立ちコンピューターが生活を変えるなどという「夢物語」が描かれていた。心からあり得ないだろうと思ってはいたのになぜかそのページを切り取って引出しにしまいこんだことを覚えている。

 今日はおいしい桃を食べた。実にジューシーで香りも良かった。いくらユビキタス社会が訪れても、この味だけは自分の舌で味わう以外あるまい。自分が食べないのに目を閉じると口の中にジワッと味が広がるのは何とも味気ない。なにより果物屋さんがシショウヲキタス。