THE OPEN 2007

THE OPEN


 スコットランドのカーヌスティに永いこと棲みついている女神は、どうやら相当ないたずら好きだということがわかった。今年のジ・オープン、18番ホールはまるで8年前の再現かと思わせる波乱に満ちたものだった。

 今考えてみると、スッと逃げ切れたはずの若きアンダース・ロメロ(アルゼンチン)がここでセカンドをOBして、たった一打及ばず人生が変わるだろう栄誉を指の間からこぼしたことはほんの序曲に過ぎなかった。この日、絶好調で17番を終わって6アンダーのパドレイグ・ハリントン(アイルランド)はすでに優勝カップに手を伸ばしていた。昨日まで首位を走っていたセルヒオ・ガルシア(スペイン)が、前半からスコアを崩したせいで2打という致命的な差がついていた。
 18番ティボックス、いつものようにあっさり構えあっさり打ったハリントンのボールは、あろうことか橋げたに当たり右のバリーバーンへ。それだけはやっちゃあいけないよというヒマもなし。頭が白くなったまま後方にドロップして打った3打目もグリーン手前の水の中へ飛び込んだ。ひとホールで2個もクリークに入れるなんて突然の豹変は女神のいたずら以外考えられないことだった。
 良くてダボ、悪くてトリプルという崖っぷちで最後の意地が働いた。60ヤードくらいか、アプローチをしっかり寄せて2ヤードのパットを沈めダボで上がった。あれほどのベテランが、こんな大事な舞台で女神に翻弄されたのだ。飛びついてきた幼いお穣ちゃんを抱き上げるとき、かすかにほほ笑んだがその気持ちは察して余りある。
 
 最終ホールに立ってみたらなんと逆転で1打リードしている、まるでフットボールのPKをもらったようなガルシアだったがこちらもおかしい。フェアウエイの良いところからガードバンカーへ放り込む。残り25ヤードはピン奥1メートル50くらいか。入れて優勝というパットはカップに蹴られむなしく左に外れた。この大会前、縁の深いバレステロスがわざわざカーヌスティに来て引退会見を行っていた。ガルシアも期すものがあったのだろうと思う。たった2センチ右に行けば生涯初のメジャータイトルがバレステロスが待つスペイン行きの飛行機に乗っていた。
 それでも気を取り直してプレーオフへ。しかし、この日4アンダーのハリントンと2オーバーのガルシアでは勢いが違っていた。プレーオフ4ホールのアタマで2打の差がつく。最終ホールはバーディ、ボギーでサドンデスというところまで行ったが、勝負はついていると言わんばかりにいたずら女神は静かに見守っていた。おかげで事件は起きずハリントンの涙の優勝が決定した。ライダーカップでもないのにハリントンは歓喜に満ちた顔で国旗を振っていた。大健闘のガルシアが逃がした魚はクジラのように巨大だった。見ている方はおかげさまで、近年では特に記憶に残りそうな面白いジ・オープンだったと思う。
 興奮冷めやらぬ私がベッドにもぐりこんだのはもう時計の針が4時を指す頃で、外では朝刊を配達するバイクの音が聞こえていた。
<写真はゴルフ・ネットワークの画面から拾った=プレーオフ最後の18番で、2打目をレイアップしようとしているハリントン>